年金資金の運用状況
2009/08/19 17:00
先に【上場企業の「外国人」持ち株比率の変化】で上場企業における各投資部門別の持ち株数推移をグラフ化したわけだが、この際に利用した【東証の株式分布状況調査】に掲載されている長期統計データを眺めているうちに、気になる言葉が目に留まった。具体的には「投資信託」「年金信託」というキーワードだ。今回気の記事は、「これら部門のデータを追っていけば色々と面白いことがグラフ化できるかも」というのがきっかけ。
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まずは戯れに近いグラフ。東証のデータを引っ張ってきて各年度末における、「投資信託部門」「年金信託部門」そして「証券取引所全体」の、1株あたりの平均株価を算出し、グラフ化したもの。要は「各部門で抱えている株を全部集めて平均化した場合、1株いくらになるか」というものだ。
「投資信託」も「年金信託」も、いわゆるボロ株(1株あたり数円程度のもの)には手を出さないのが原則なので、前者二つと後者を比較すること自体あまり意味がない。さらに「1株あたり」なので、仮に1株価格が高い銘柄ばかり選べば自然に平均株価も上がるため、大きな意味合いを持つ数字ではないのだが、規模が大きくなれば大体取得されうる銘柄も平均化されるため、それなりに参照できる値にはなる。なお「年金信託」には公的年金以外に確定給付企業年金法・確定拠出年金法に規定する企業年金の一部も含まれる。
各年度末における保有銘柄の1株あたり平均株価
一時期の例外はあれど、ほとんどの場合「証券取引所全体」を「投資信託」「年金信託」双方が上回っている。上記にあるように「ボロ株」をつかんでいることが滅多にないから、当然といえば当然だが、それ以外にも銘柄選択の巧みさをも表しているともいえる。また、いわゆるバブル時期までは「投資信託」の方が上だったのに、それ以降は「年金信託」が上回っている場合が多いのも興味深い。1株当たりの株価が高ければリスクが低いというわけではないが、手堅い運用をしているということだろうか。
●年金積立金管理運用独立法人の公開データを元にグラフを生成
せっかくだから、「手堅い運用」をしているように見えた、年金の運用そのものの状況も見ることにした。具体的には【年金積立金管理運用独立法人】で公開されている、【各年度の状況】から最新のデータ、すなわち2008年度(2008年4月-2009年3月、2009年3月度)のものを元にグラフを生成する。昨今では新聞やテレビで盛んに「年金運用で●兆円の大損」などと高らかにうたい、非難を続けていたが、実際のところはどうなのだろうか。タイトルや概要に目を通しても、確定損益か含み損益かもはっきりしない。むしろ「損した損した」を繰り返しているだけだ。後者なら株価がこれだけ暴落してたのだから当然だろう、という思いもあった。日ごろの疑問を解消する良い機会でもある。
用語として前もっていくつか説明しておくと、
・総合収益額……実現収益額に加え、資産の時価評価による評価損益を加味することにより、時価に基づく収益把握を行ったもの。「確定損益」+「含み損益」。
総合収益額 = 売買損益 + 利息・配当金収入 + 未収収益増減(当期末未収収益 - 前期末未収収益) + 評価損益増減( 当期末評価損益 - 前期末評価損益 )
という具合。
そして2009年3月末時点の運用資産全体の資産構成状況はこちら。資産運用方針は基本的に「フルインベストメント」(手持ち資産のほぼすべてを投資する)なので、キャッシュポジションが無いに等しい。ポートフォリオの差し替えは、手持ち資産の現金化をもって行う場合がほとんどとなる。
運用資産全体の資産構成状況(2009年3月末、億円)
それではまず、各年度におけね年金資金の実現収益額、言い換えれば確定損益をグラフ化してみる。ぱっと見で分かるが、10%の高利を果たした年はないものの、逆にマイナスとなった年もない。つまり年ベースで確定損を計上した年はないということだ。資産運用額が膨大なものとはいえ、20年間毎年プラス運用を続けられるのは立派といえる(債券比率比率が高いのも、マイナスを出さなかった一因だが)。
各年度の年金実現収益額(億円)と率(=確定損益額と率)
なお2007年3月度からデータが欠けているが、これは運用母体が年金基金から年金管理運用法人に変わり、会計形式も簿価会計から時価家計に変更されたため。後述する「総合収益額」のみが算出されている。
続いて「総合収益額」の推移。額と率を反映させたが、「確定損益」に「含み損益」が加わっているため、当然ながら中長期投資の場合(年金運用も基本的にこれに該当する)、一時的に買値より計測時点で評価額が下がることがあり、その場合は「含み損」として「総合収益額」にマイナスの値を計上させることになる。昨今の上場企業の下方修正でよく見られる理由「有価証券含み損」というやつだ。
つまり「総合収益額」は日経平均株価(や外国株式の株価)にも少なからぬ影響を受ける。そこで、同時系列で日経平均株価を抽出し、前年度比でグラフを作成し、かぶせてみたのが次の図。
各年度の年金総合収益額(億円)と率(=確定損益+含み損益額と率)、年度末日経平均株価前年度比
右軸の%で「総合収益率」と「年度末日経平均株価前年度比」を見ると、株価が前年比で下落しても、年金の「総合収益率」はプラスを維持、大きく下落してもその比率を最小限にとどめていることが分かる。債券をポートフォリオにうまく組み合わせることで損失を出来る限り抑えたり、運用株式のやりとりがそれなりにスムーズに行った証拠だろう。年金という性質上「リスク回避が最優先事項」としては、評価できる結果といえる。
株価低迷の折、含み損が増えるのは中長期投資においては当然の結果であり、資金調達の問題や投資先の安定性の割り振り(原則としてリスクの高い銘柄へは投資を行わない)を考えれば、市場における株価の低迷はむしろ「将来の利益を確保するための種まきチャンス(安値で優良株を拾える)」といえる。投資信託のように毎年分配金を出さないとファンドマネージャーの首が飛んだりするわけではないのだから、単年度で「含み損が増えた云々」と騒ぐこと自体、無意味というより罪悪ですらあるようにも見える。それとも「数十年単位で各銘柄の底の底値でしか買ってはいけない」とでも考えているのだろうか。そんなことが出来るのはアカシックレコードへのアクセス権を持つ人か、タイムマシンの持ち主しかいない。
それとも、「積極的に空売りしろ」「ハイリスクでも良いからハイリターンを目指せ」とでもいうのだろうか。前者は市場そのものを混乱させるばかりだし、後者は必ずリスクが生じる。ギャンブルと同じで「ハイリスク・ハイリターン」を求める者の多くは「ハイリターン」ばかりに目が行き、「ハイリスク」は「自分の場合は大丈夫」と思うものだ。そして世の中はそんなに甘くはない、というのも事実である。
もちろん上の円グラフ中にある「財投債」(財投機関債の発行が困難な財投機関(特殊法人など)に融資するために、財政融資資金特別会計が国の信用で発行する国債)の無駄と思われる投資先への投資には厳しい目を向ける必要があるし、そもそも論として「財投機関債の発行が困難な財投機関」に投資をする必要があるのかどうか(損益度外視をして良いものか否か)も個別案件ごとに精査する必要が求められる。
とはいえ、市場内資産運用部門における中長期的な継続運用成績は決して悪いものではない。その点は最大級の賛美とはいえないが、けなされるたぐいのものではなく、ほめても良いレベルのものだろう(どこぞのファンドや個人投資家のように毎年数十パーセントの収益を期待している人がいたら、「規模」と「継続性」の二項目を考慮するように、と言葉を返したい。そして性質上「リスク」は最小限にとどめねばならないのだ)。
本文中でも触れたが、新聞やテレビを騒がせていた(そして多くの読者・視聴者に誤認するような表記といえる)「年金損失●兆円」のたぐいは、「実現収益額」「総合収益額」の説明にもあるように確定損失ではなく、「含み損益」と「確定損益」を足したものであることが分かる。これが把握できただけでも、今回調べた甲斐があるというものだ。
※実際には各資産形態毎に複数の運用受託機関(ファンド)が任命されて、各種方針(アクティブ・パッシブ)や契約形態(投資一任、信託など)に従い株式などは購入されるので、年金運用法人が直接銘柄を指定買いすることはない。各ファンドでも無責任に運用することはないので、自然にボロ株は選ばれにくい(選ばれない、という絶対論ではない。ファンドの中には倒産株をつかまされたところも……あるかもしれない)。今件はあくまでも、運用成績の数字上の考えとして読み進めていただければ幸いである。
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