「予想が次々的中する怪文書」のトリックを探る
2009/04/19 19:00
以前「購入した書籍」として別所で紹介した『まぐれ…投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか』には、投資に限らず確率論やデータの精査の仕方・考え方について、普通の書籍や解説本とは違った観点からの切り口で多種多様な手法が紹介されている。多少ひねくれたモノの考え方ではあるが、思考方法としては非常に興味深く、そして参考になる面が多い。その中でも特に印象深いエピソードが「不思議な怪文書」(196p.)。今回はこのエピソードを、書籍外の他の類似事例とあわせて紹介することにしよう。
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●相場を次々的中させる不思議な怪文書。受け取った人は……
1月頭に匿名の手紙を受け取った某氏。中には「今月の相場は騰がります」とある。何をいきなり的外れなことを、と思っていたが、1月の相場は結局上昇して終わる。2月になるとまた同じ様式の手紙が届く。今度は「今月の相場は下がります」。先のこともあるのでちょっと気にはしていたが、やはり無視。そして2月の相場は手紙の通り下落して終了。
翌月3月の頭になると某氏は「匿名の手紙」が気になって仕方がない。偶然だよな、でも二回連続して当たったし、と思い、届いた手紙を見ると「今月の相場は騰がります」。半信半疑で相場を見続け、結局3月も手紙の通り相場は騰がって終わる。
これが半年、6回ほど続き、6か月連続して的中した「匿名の手紙」の相場観の強さにとりこになった某氏。7月には「今月の相場動向」ではなく、その「匿名の手紙」の書き手が運営しているファンドに投資しませんかという勧誘の種類が届く。すでに6回もの的中結果を見た某氏は、喜んでその話に乗る。
毎月届く手紙に書かれた相場観は的中するものばかり。
無論こんな調子の良い話があるはずもなく、相場の天才が不特定多数に勧誘するわけもない。数か月も経たずしてそのファンドとは連絡が取れなくなり、「投資」したお金はすべて失われてしまう。涙を流しつつお隣さんにこの話をすると、お隣さんも同じような手紙が来たという。いわく
と。そこで初めてだまされたことに気がついた某氏だった。
●絞り込まれる「的中」者
鋭い人はもうお分かりだろう。某氏ははじめから的中する手紙を受け取り続けたのではなく、結果としてふるいわけされ、「的中する手紙を受け取り続ける」人になったに過ぎない。仕組みは簡単。まずは大量の手紙の送り先のリストを作り、半分には「今月は騰がる」残りの半分には「今月は下がる」の文面を入れて出す。その月の相場の結果を見て当たった方の手紙を送った人だけに翌月の手紙を出す。やはり半分は「騰がる」もう半分は「下がる」だ。これを繰り返し、的中する手紙を受け取る人を絞り込んでいく。
単純計算で(「まぐれ」では6か月=6回だったので)1/2の6乗、つまり7月の「ファンドへの投資話」は1月に出した手紙の数の1/64(1.5625%)の人が受け取ることになる。言い換えれば1/64の人は「この匿名の手紙の人は、6回も相場をずばり的中した人だ」と思い込んでしまうことになる。
たかだか1/64とあなどる無かれ。最初に出す人の手紙数が1万人なら156人、10万人なら1562人にもなる。「信者」には十分な数であるし、ダイレクトメールなり電子メールでコストを抑えれば十分な「費用対効果」は得られてしまう。
より分けられて作られる「信者」。
手紙には「あなたは特別に選ばれた人」などの勧誘メッセージが書かれているかもしれない。その言葉自体には間違いはない。何しろ幾度もの「1/2」の的中確率を潜り抜け、最後まで「当たり」の手紙を受け続けたのだから。
●塾に顧問に……
似たような「トリック」は身近なところにもある。まさに同じトリックを使っている例として挙げられたのが、青年漫画誌スペリオールで連載されてい『お受験の星』でのエピソード。話そのものは中学受験合格を目指し、いわば「おちこぼれ」の小学6年生の男の子が、見た目はおおよそ塾の体裁をなさず生徒ゼロ(後に何人かに増える)の「迷える子羊塾」に入学し、親子・塾の先生と一体になって受験に挑むというもの。
実はこの塾の先生、かつては超有名の大手塾の優秀な先生だったという設定なのだが、その先生がある時語った話(第6話「なぜ塾のプリントって大量なの?」)がその「トリック」を物語っている。一部の塾では毎日のように大量のプリントを配り、毎週のようにテストを行う。「試験に慣れさせるため」「プリントを繰り返し解いていくことで問題の読解力や経験値を積む」。それも理由の一つだが、塾によってはそれ以上に大きな意味を持たせてる。
その理由とは
というもの。もちろん塾そのものでも入学試験の傾向を見極め、役立つようなプリントや模擬試験の問題を制作しているはず。しかし塾の学生を集め、知名度と実績を挙げるためには、一つでも「出題されました」言い換えれば「うちの授業を受けていれば同じ問題を学ぶ可能性が高いですよ」というアピールになる。
的中確率を高めるにはどうするか。問題を精査するには限界がある。と、なればあとは「数撃ちゃ当たる」とばかりに、テストやプリントを大量生産するしかない。かくして一部の塾ではプリントやテストの嵐が吹き荒れることになる……というものだった。連載当時これを読み、一言目に「なるほど」、二言目に「『まぐれ』のあの話と同じだ」とひとりごちたものだ。
同様のトリックは塾以外にも見られる。例えば投資関連情報の会社。毎回推奨銘柄を数十も数百もリストアップし、外れたものには見向きもしない(無かったことにする)。的中したものだけを選りすぐって「言った通りですよね」と反復し、それを繰り返して「いかにも当たりばかり配信している、的中率の高いところ」というイメージを喧伝する……というところもあると聞く。当方は実際にそのような会社の情報を入手したことがないので、確かめたことは無いが、ありそうな話だ(都合の悪い事を伝えずに情報のふるいわけをするあたりは【「『報道しないこと』これがマスコミ最強の力だよ」-あるマンガに見る、情報統制と世論誘導】と仕組みがほぼ同じである)。
ちなみに誤解の無いように繰り返しておくが、塾にしても投資関連情報のところにしても、そういった「トリック」を使っているところばかりでは決して無い。むしろごく少数といえる。なぜなら、この「トリック」は、一度絞り込まれた「信者」に対しては二度と通用しないからだ。冒頭の「某氏」も、同じような手紙を再び受け取ったとしても、そしてそれが何回も連続して的中したとしても、決して口車にはのらないだろう。継続して事業を営む塾や投資関連情報の会社が、そのような「一度きり」の「トリック」を使うはずが無い。逆に、他の事柄でも似たような「トリック」を使っている場面はあるかもしれない。
ただしインターネットの場合には少々事例が異なる。ネットで得た情報は忘れ去られやすいし、記憶の定着率も低い(ネットスラングの流行り廃りが早いのもこれが一因)。送り手も匿名やハンドルネームを変えて使えば別人のように振舞える。コミュニティの構成人員も半年から1年も経過すれば数割、下手をすると半数以上が別の人と入れ替わり、過去の事例を「無かったかのように」して繰り返すことも可能だ。それこそ半年-1年くらいでローテーションを組めば、定期的に同じようなことを行うことも不可能ではない。
もちろん今回今記事を読んだ人は、「このような手法がある」ことを、その仕組みと共に十分認識したはず。その認識と記憶がある限り、似たような話を耳にしたり、手紙を受け取ったとしても、決してその話には乗らないはずだ。
「知識は人生を豊かにしてくれる」。その言葉の通り、少しでもひとりひとりの人生にプラスとなれば幸いである。
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