【更新】「麻生首相がドイツを名指しで批判した」と報じられた記事などを検証してみる
2009/04/04 16:40
イギリス・ロンドンで開催されていたG20による第2回金融サミット(緊急首脳会議)は、各国の思惑が交差しつつも2009年4月2日に共同声明を採択して閉幕。第3回会合を年内中に開催することでも合意した。これに先立ち、麻生太郎首相がイギリスの金融系経済紙Financial Times(フィナンシャル・タイムズ、FT)との会見の中で、ドイツの経済政策について言及。この内容で「わざわざG20の亀裂を表面化させた」など、ドイツを名指しで批判したことが波紋を呼んでいると報じられていた。【先のこと(「麻生首相が証券会社や株式投資を見下した」と報じられた有識者会議を検証してみる)】もあり、念のために該当部分を検証してみることにした。
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●日本での報じられ方
まずは「波紋を呼んでいる」と報じた側。[産経新聞]では「麻生首相がドイツを名指しで「批判」」とし、次のように伝えている。
・同紙によると、麻生首相は景気刺激策の需要性について「理解している国とそうでない国がある。ドイツがそれに当たる」などと発言、わざわざG20の亀裂を表面化させたとしている。
また、続報の形で[毎日新聞]では「メルケル独首相:麻生首相発言に不快感」というタイトルで
・麻生首相の発言は「日本がメルケル(独首相)の経済政策を攻撃した」(電子版ヴェルト紙)などとメディアをにぎわせていた。
と報じている。
●元記事のFTではどのように語られ、どのように報じられたのか
それでは当の、フィナンシャル・タイムズ紙で麻生首相はどのような意見を発していたのか。元記事は[Transcript: FT interview with Taro Aso](http://www.ft.com/cms/s/0/97c9badc-1dfa-11de-830b-00144feabdc0,dwp_uuid=60a3db68-b177-11dd-b97a-0000779fd18c.html 。現在はレジストしないとアクセスできない)で、翻訳するとやたら時間がかかって大変だ……と頭を抱えていたら、こちらの翻訳記事がすでに【フィナンシャルタイムズ(gooニュース)にて掲載されていた】。詳しくは本文を「ぜひとも」参照してほしいが(色々と傾注すべき意見を語っている)、該当すると思われる「ドイツに対する批判」に該当しそうなのは次の部分。
麻生:(前略……日本の過去における財政出動について説明)過去15年間の経験のおかげで、私たちはどういう対策が必要か承知しています。それに対してアメリカや欧州各国にとっては、今回のような経験は初めてかもしれない。財政出動の重要性を理解している国もあれば、理解していない国もあって、だからドイツは(財政出動に消極的な)発言をしているのだと思います。
また欧州にはマーストリヒト条約(欧州連合条約)があるわけで、英国は採択していない部分があるからこそできることがあるし、もしかしたら採択しているからこそドイツにはできないこともあるのかもしれません。
※原文は「some leaders - I'm thinking of the leader of Germany in particular -」とあり、「念頭に置いている」のはFTのインタビュワーであることが分かる。そのため当方であえて「FT紙としては」を追加した。
本文、つまり首相の発言はFT誌側のインタビュワーの意見について現状認識とそれに対する感想を述べただけであり、「批判する」などの文言は見当たらない。さらに細かく言えば、首相はドイツの事情を理解した上で、「欧州連合条約などのしばりがあるから、仕方ないのかもしれないという」同情の意まで伝えている。少なくとも「批判」というニュアンスを見出す事は困難。
●一人歩きする発言・インタビューを受けてのFT紙とDIE WELT紙の記事
FT側ではこのインタビューを受けて、FT自身によるG20の背景や概要の説明を[麻生首相はG20間の景気後退に関する意見の対立を明らかにした(Aso lays bare G20 split on downturn)](http://www.ft.com/cms/s/0/137b240e-1e23-11de-830b-00144feabdc0.html。現在はレジストしないとアクセス不可)で行っているが、こちらで「FTの感想・解説として」
(麻生太郎首相は「強力な財政対策こそ必要不可欠である、ということをドイツは理解していない」とし、ドイツのメルケル首相による「世界的な景気後退時期において、過剰な公共支出はリスクとなりうる」という警告に耳を傾けなかった。)
The Japanese prime minister’s remarks - made in an interview with the Financial Times - underline the wide differences among world leaders as they head to London for Thursday’s G20 meeting on the global slump.
(FT誌とのインタビューの中で出された、日本の首相のこのような意見は、世界同時不況のために木曜日に開催されるロンドンG20金融サミットにおいて、世界各国の首脳陣の間に大きな隔たりがあることを強調している。)
と伝えている。現状認識としての「理解していない」がいつの間にか、非難としての「理解していない」にすりかえられている感がある。そして「G20間の亀裂云々」と伝えているあたり、日本の報道はむしろこちらに目を通してそのままのニュアンスで伝えた可能性が高い。インタビュー記事原文に目を通せば、「名指しで批判」などという題名を記事に持ち上げることなど出来はしないはずなのだが。
さらに毎日新聞が伝えている、ドイツの電子版ヴェルト(DIE WELT)紙による「日本がメルケル(独首相)の経済政策を攻撃した」などとメディアをにぎわせている云々の件だが、こちらも原文をたどれば「第一印象だけで表面をなぞった」報道であることが分かる。その原文は【こちら(Japan attackiert Merkels Wirtschaftspolitik)】。タイトルを日本語訳すると、確かに「日本がメルケル首相の経済政策を攻撃します」なのだが、各種翻訳サービスで日本語訳化すれば概要が分かる。
ざっくばらんに訳すと次の通りとなる。
・むしろ日本はアメリカやイギリス同様に、積極的な財政活動による景気回復への行動を歓迎している。それはドイツの姿勢とは逆である。
・あとはFTのインタビュー記事のなぞり書き。
これもまたインタビュー記事の媒体側の感想と、インタビュー記事を用いた「ヴェルト紙による」ドイツの政権側への批判であることが分かる。元々ヴェルト紙はどちらかといえば中道右派的な傾向があり、一方でメルケル政権は右派のキリスト教民主同盟(CDU)・キリスト教社会同盟(CSU)と左派のドイツ社会民主党(SPD)の大連立政権。時として左派的な政治姿勢を執るメルケル政権が財政出動へ足踏みをしているのに対し、批判のネタとして麻生首相のインタビューを「活用した」雰囲気が強い。
この「ウルェト紙が、メルケル政権の財政出動への消極姿勢を批判している」ことが分かるのは、同じヴェルト紙の【G-20-Teilnehmer waren alle zur Harmonie verdammt】。「G20の直前に日本の首相から発せられた「警告」は、メルケル首相の考えを変える事はできなかった」などとしている。
●麻生首相とメルケル首相がケンカした? 「不快感」!?
また「麻生首相とメルケル首相が仲違いしたのでは」という意見に対しては、夕食会の際に麻生・メルケル両氏が談笑しながら室内に入る姿も映像に写されており(※当然、FT紙によるインタビュー記事報道後)、そのような雰囲気は感じられない。
G20での夕食会のようす。3分40秒あたりから、場面後部で麻生首相とメルケル首相が共にメニューを見たあと、笑いながら会話をしつつ、画面右側から左側に歩いていく姿が確認できる(【動画への直接リンクはこちら】)。
そして肝心の「不快感」に関する情報ソースは少なくとも電子媒体上では見当たらなかった。直後の「日本がメルケル(独首相)の経済政策を攻撃した」ではわざわざ「電子版ヴェルト紙」とソースを明らかにしており内容の確認が出来たが、「不快感」については日本の媒体以外には見当たらず、真偽を確かめることができない。もっともFT紙で麻生首相が語っていたことはごく当たり前の「認識・意見」であり、それに対していちいち不快感を(メディアに向けて)表明するのなら、それはそれでメルケル首相の「器」が疑われてしまうので、おかしな話ではある。
情報の一次ソースをたどる限りでは、麻生首相がG20の前にFT紙とのインタビューにおいてドイツを「名指しで批判した」と解釈できる表現を見つけることは出来ないし、それに関連する「日本国内の」報道も、疑問符を投げかけざるを得ないようなものが多い。間違った読み方をしたのか(記者の読解能力が足りないのか)、あるいは表に出せない裏の情報ソースがあるのか、それとも恣意的なものがあるのかは分からないが、いずれにしても「事実関係を出来るだけ端的に・正しく不特定多数に伝える」のが責務であるはずの報道機関による報道内容としては、少々残念な気がする。
先の「株屋報道」(【「麻生首相が証券会社や株式投資を見下した」と報じられた有識者会議を検証してみる】)でも、東京証券取引所の斉藤惇社長も2009年3月24日の記者会見の中で、歪曲的な報道内容をそのまま信じてしまい、「愉快ではない」と返答してしまっている(【記者会見議事録、PDF】)。仮に斉藤社長が会合の議事録に目を通したあと同じ質問をされたら、同じ回答をしただろうか。
元々の発言者の言葉にあることないことが盛り付けられ、それがいつの間にか発言者自身の意図・言葉として流布されてしまう。文章をまとめたり整理する上で、ある程度の簡略化や意図の取り違えは起きうるが、今件と先の「株屋報道」だけを見ても、最近の状況はやや常軌を逸しているような気がしなくもない。繰り返しになるが、意図的ならば悲しい話であるし、本筋を見極めて概略を伝える能力に欠けているのなら、それはそれで(報道としての)存在意義を疑わざるを得ない。読者の皆さんはいかがお思いだろうか。
ちなみに先の「株屋報道」記事を掲載した後、感想の一つとして寄せられた意見に、「このようなことがたびたび起きると、何か報じられるたびに一次ソースを確かめなければならなくなるので非常に面倒くさい。それに、これって、しばしばウソをつく人への対処法なんだよね」というものがあった。これもまた、考えさせられる意見ではある。
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