自動車は手が届きにくい存在になっているのか・初任給と自動車価格の関係

2023/07/06 02:00

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いわゆる「若者の自動車離れ」と呼ばれる言葉・現象の原因の一つとして、自動車価格が上昇する一方で若年層の所得がその上昇に追いついていないから、つまり相対的に価格面で手が届きにくい存在になりつつあるからとする説が挙げられている。今回は【50年前の商品の価格を今の価格と比較してみる】で用いた手法を流用する形で、総務省統計局における公開値【小売物価統計調査(動向編)調査結果】などから各種計算を施し、初任給と自動車の価格の関係について見ていくことにする。

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初任給はじわりと上昇中…のはずだが


初任給は「物価」ではないため、残念ながら「小売物価統計調査」の結果からは取得できない。そこで【年齢別の平均賃金の移り変わり】などでも用いている、厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」から必要な値を取得する。

よい機会でもあるので男性の大学卒・高校卒における平均的な初任給の推移をグラフ化し、その動向を確認する。

↑ 初任給(男性、学歴別、円)
↑ 初任給(男性、学歴別、円)

取得可能なもっとも古い1968年時点では、大卒で3万600円、高卒で2万3000円。これが前世紀末、おおよそバブルがはじけるまでは上昇を続け、それ以降は横ばいのまま推移する形を示している。興味深いことに、この20年強もの間、大卒も高卒も額面上の初任給はほとんど変わりがない。もっともこの数年に限れば、少しずつ上昇の気配を示しているが。また【初任給の推移(最新)】でも解説の通り、初任給の定義について従来は「基本給に家族手当などを足したもの」だったものが、2020年以降については「基本給に家族手当、さらには通勤手当を含む額(つまり他の労働者同様、所定内給与額そのもの)」となっている。2020年で大きく額が増えているのは、この定義変更が原因。

この初任給の動向に、消費者物価指数を考慮した結果は次の通り。先日の記事【過去70年あまりにわたる消費者物価の推移】で用いた値を基に、直近2023年の値を基準値として、各年の価格を再計算したもの。それぞれの年における物価が2023年と同じ水準だとしたら、実際にはどの程度の額面になるのか、その推移を示している。

↑ 初任給(男性、2023年の値を基に消費者物価指数を考慮、学歴別、円)
↑ 初任給(男性、2023年の値を基に消費者物価指数を考慮、学歴別、円)

1968年以降の急上昇の後、一時上昇どころか失速していたことが分かる。物価の上昇分に初任給が追い付かなかった形。この状態は1980年代前半で解消するも、その後の上昇ぶりはきわめてゆるやか。さらに2010年前後以降に限れば実質的には下落している。男子の大学卒ではここ数年で持ち直しを見せ始めたと思いきや、昨今の物価高で実質的には大きく下落した実情がうかがえる。

今件は平均的な初任給で可処分所得動向はまた別の話だが、新社会人が生活面で苦しい状況は容易に想像できる。

初任給何か月分で自動車が買えるのだろうか


結婚指輪の標準的レートとして「給料の3か月分」との言い回しがある。それが本当に標準的なのか、そして正当な額面なのかはさておき、手取りの何か月分との表現がイメージのし易さの上で優れていることが分かる話ではある。

そこで今件の初任給と、【50年あまりにわたる乗用車価格の推移(最新)】で取得した、長期経年データが確認可能な「小型乗用車・国産・排気量1500cc超-2000cc以下」の車種の価格を比較(2016年末で「小型乗用車・国産・排気量1500cc超-2000cc以下」の調査が終了してしまったため、2017年からは観測対象車種を一番金額面で近い「国産、普通乗用車」に変更している)。初任給何か月分で、この乗用車が購入できるかを算出したのが次のグラフ。女性の初任給も取得し、同じように計算している。なお、消費者物価指数関連の二次的値は、今件が初任給取得時とその時の自動車価格で計算されているので、意味がないことから省略する。

↑ 初任給自動車購入係数(自動車価格÷初任給、男性、学歴別)
↑ 初任給自動車購入係数(自動車価格÷初任給、男性、学歴別)

↑ 初任給自動車購入係数(自動車価格÷初任給、女性、学歴別)
↑ 初任給自動車購入係数(自動車価格÷初任給、女性、学歴別)

取得可能なもっとも古い値で算出できた1970年においては、男性大卒初任給の約16倍で自動車が購入できた。これが急速に値を減らす、つまり初任給ベースで自動車が手に届く距離が短くなり、1980年代にはほぼ横ばい。バブル末期あたりには最低値の8倍足らずにまで低下する。この時代、大卒男性では仮に手取りをすべて自動車向け貯金にしていれば、8か月で新車が購入できた計算になる。

その後値はじわりと上昇し、今世紀に入ってからはやや横ばい(2002年の特異値は車種変更によるもの)、それから数年では少しずつ上昇に転じ、2015年では大きな増加を示している。この大規模上昇は先行記事の「乗用車価格の推移」でも言及しているが、対象となる車種(具体的な車種とその数の公開はされず「車種指定」との説明のみがある)で対象自動車の大きな価格上昇が生じたであろうことが推測される。

ともあれ、男女および大卒・高卒を問わず、バブル時代のピーク時と比べれば、おおよそ2倍ぐらい手に届きにくさが生じていることになる。

もちろん自動車の取得・維持には本体代金以外にも多様なコストが発生する。ガソリン代、整備費、免許手数料、各種保険、洗車代、駐車料金、車庫代、そして車検代。さらに内装に係わる費用もある。とはいえこれらのコストが異様に急上昇した話は聞かず、取得できる範囲では同じような動向を示していることから、若年層の自動車への手の届きやすさは大体上記グラフの通りと見てよいだろう。

一方、費用対効果で考えると、今件数字には表れない部分がある。過去の複数の記事で解説しているが、生活の上で自動車が欠かせない環境、家族構成や居住環境にある人はともかく、大都市圏に居住し自動車の必要性が低下している人には、自動車の取得・利用の優先順位が大きく下がっているのも事実。価格面で手が届きにくくなっているのに加え、自動車の取得・利用による便益が減っているのでは、取得優先順位が下がっても当然の話といえよう。

今後初任給の劇的な増加、あるいは自動車価格の大幅な下落がない限り、価格面における「若者の自動車離れ」の状況は、今後も継続することになるだろう。2020年における係数の大きな減少は初任給の計算の仕方の変更によるものでしかないのだから。


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