貯蓄率減少は本当なの? 家計の貯蓄率(二人以上勤労者世帯版)(最新)
2023/05/09 02:46
先行記事【貯蓄率減少は本当なの? 家計の貯蓄率(単身勤労者世帯版)】で単身勤労者世帯における貯蓄率≒黒字率の動向を確認したところ、二人以上勤労者世帯に関しても「同じような精査を」との意見がいくつか寄せられた。大まかな話に関してはすでに【貯蓄率減少は本当なの? 家計の貯蓄率】で行っているのだが、よい機会でもあるので単身世帯の際の精査手法を取り入れつつ、いくつか切り口を変える形で、動向の確認を行うことにした。
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用語の補足確認
今回用いる値の取得元は、総務省統計局の【家計調査】の二人以上世帯。貯蓄率の概念に一番近い「黒字率」の動向を確認していく。言葉の定義は先行記事「単身勤労者世帯版」で触れている通りだが、いくつか追加をしておく。
・無職世帯…今件では「有業人員ゼロ世帯」とも表記する。勤労者以外も含めた一切の就業をしている人がいない、無職者ばかりの世帯。年金生活者のみの世帯などが該当する。なお不動産経営・賃貸収入により生活している人は「その他」の産業に区分され、無職ではない。
つまり自営業者は勤労者世帯ではないが、無職世帯でもない。世間一般的なイメージにおける年金生活者は無職世帯が近い。
直近の二人以上世帯のうち勤労者世帯の黒字率は36.0%
まずは直近分となる2021年分の、二人以上世帯のうち勤労者世帯の黒字率。世帯主の年齢階層別の値も併記する。
↑ 黒字率(二人以上世帯のうち勤労者世帯、世帯主年齢階層別)(2022年)
全体平均は36.0%。これが29歳以下では45.0%、30代でも45.0%となり、それ以降は漸減。60代は大きく下がり、70歳以上では再び増加する。「ほぼ年金生活者となる70歳以上で黒字が?」と首を傾げる人もいるかもしれないが、今件は「二人以上世帯のうち勤労者世帯」であること、そして二人以上世帯である以上、配偶者なども働いている事例があることを忘れてはならない。多分に身入りの大きいケースがカウントされていると考えればよい。
実際、各種経済指標的な数字を算出すると、70歳以上の「勤労者世帯」では比較的余裕がある状況なのが推測できる値が出ている。
↑ 勤め先からの収入(二人以上世帯のうち勤労者世帯、世帯主年齢階層別、円)(2022年)
↑ 持家率(二人以上世帯のうち勤労者世帯、世帯主年齢階層別)(2022年)
60代に入ると長年勤めていた就業先から一度定年の形で退職した人が多数となるため世帯主収入はグンと下がるが、60代ではまだ定年退職前の人の分も多分に含まれている。70歳以上はおおよそ一度なりとも退職済みで(勤労者世帯のため定年が無い場合が多い役員・顧問は含まれないことに注意)、ほとんどは公的・私的年金を受け取り、退職金もあり、その上で勤め先からの収入が加わることになる。また、居住している住宅も多くは自前のもので家賃負担は無く(維持費は必要だが)、しかもローン負担はほとんど無い。黒字率が60代と比べると上昇しているのも納得はできる。
二人以上世帯のうち勤労者世帯でも黒字率は変化無し
さて本題となる、二人以上世帯のうち勤労者世帯における、貯蓄率≒黒字率の推移。こちらも世帯主の年齢階層別に推移を算出した。
↑ 黒字率(二人以上世帯のうち勤労者世帯、世帯主年齢階層別)
70歳以上の該当世帯の絶対数が少なめのため統計上のぶれが生じており、振れ幅が大きなものとなっているが、おおよそ年齢階層別で変化は無い。つまり黒字率の観点で見る限り、二人以上世帯のうち勤労者世帯においても、生活動向に大きな変化は無いことになる。
唯一60代が減少する動きを示し、これに引きずられる形で全体値もわずかながらに下方に振れる動きを示していたが、これは上記でも記した通り、一度定年、あるいは早期退職した人による非正規での再雇用の事例が増え、結果として手取りが減り、貯蓄に回せる余裕が減ったからに他ならない。この世代の非正規雇用の増加は、労働力調査をはじめとした各種調査からも明確な値として示されている。
また2016年以降に限れば29歳以下の急上昇をはじめ、多くの年齢階層(60代も)で増加の動きが見受けられる。単純に考えればお財布事情がよくなってきたと解釈すべきだろう。
二人以上世帯でも漸増する非勤労者世帯、そして有業人員ゼロ世帯
二人以上世帯全体で黒字率を勘案する場合、勤労者世帯以外に非勤労者世帯、さらにはその中の無職世帯(有業人員ゼロ世帯)も内包される。これらの世帯は貯蓄率換算の上では足を引っ張ることになる(自営業者や役員などの場合は逆に底上げをする可能性もあるが)。
そこで二人以上世帯における、非勤労者世帯、さらには有業人員ゼロ世帯の世帯比率を算出し、その推移を見たのが次のグラフ。単身世帯における計算と同様、この値が大きいほど、全体における貯蓄率の減少に大きな影響を与えることになる。
↑ 非勤労者世帯および有業人員ゼロ世帯比率(二人以上世帯)
やはり双方とも値は漸増、特に「有業人員ゼロ世帯」≒年金生活者世帯は、今世紀に入ってから10%ポイント近い増加を示している。「貯蓄率減少は本当なの? 家計の貯蓄率」で検証した家計調査の二人以上世帯における黒字率は元々勤労者世帯のみを対象としているため、今件動向は影響を及ぼさないが、他の調査・統計結果においては国全体の値を用いているため、非勤労者世帯や有業人員ゼロ世帯の動向も考慮されることになる。低い値、さらにはマイナス値がカウントされる要素が追加され比率が増加すれば、全体としての貯蓄率減退への影響力が増えるのも当然の話に違いない。
ただしこの数年は有業人員ゼロ世帯比率は頭打ち、非勤労者世帯比率は一時的にだが減少の動きを示した。これは雇用市場の改善や、高齢者が退職後に再就労するようになった事例が増えていることを意味する。高齢者世帯では勤労者世帯でも概して黒字率は低いため、全体的な黒字率の引き上げ傾向は限定的なものとなるだろう。
結論としては先の複数の記事の言及の通り、「全体の黒字率(貯蓄率)が減少の動きを示しているのは、黒字率が小さい、あるいはマイナスになることが必然とされる高齢者を中心とした非勤労高齢者世帯、無職世帯が全体数比で増加し、平均値を引き下げている」のが主要因で、勤労者世帯においてはほとんど変化が無い状況も確認できる。この現象は他の経済指標などでも現れており、留意が必要になる。またここ数年における状況の変化の兆しも見受けられる。
余談ではあるが、今精査の際に併せて抽出した、他の経済的指標となりそうな値を、先の単身世帯版同様に二つほどグラフにしておく。
↑ エンゲル係数(用途分類、二人以上世帯のうち勤労者世帯、世帯主年齢階層別)
↑ 家賃・地代を支払っている世帯の割合(二人以上世帯のうち勤労者世帯、世帯主年齢階層別)
エンゲル係数は年齢階層別も含め、ほとんど変化は無い。食費面では生活の困窮・裕福さに変わりは無い。直近数年では上昇傾向も確認できるが、これは先行記事「貯蓄率減少は本当なの? 家計の貯蓄率(単身勤労者世帯版)」や【中食系食品などの購入動向推移(家計調査報告(家計収支編))】でも解説の通り、食品価格の上昇が一因。そしてそれ以上に生活習慣・環境、特に食文化の変化(中食シフト)によるところが大きい。エンゲル係数の経年的変化上の比較は、食文化・食生活の環境が同一である場合にのみ有効であり、昨今の状況変化は、その前提をくつがえしかねないほどの変動が生じている。
一方、賃貸住宅に住んでいるか否かの点では、29歳以下と30代の若年層で経年的な変化、具体的には減少の動きが見える(40代も同様の気配がある)。これは言い換えれば持家率が増えていることを意味する。いくつかの他調査で中年層の住宅購入意欲の高まりとローン負担の増加が示唆されているが、その動きが30代までの賃貸利用率の漸減に表れているのかもしれない。
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