「むしろこちらが気になる」心理を巧みに突いたプロモーション

2011/04/25 07:08

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後ろが気になる新しい商品を世に送り出す際に、既存商品との違いを明確に見出すにはさまざまな工夫が必要となる。特にこれまで「高価なブランド」と見られている商品群でお値打ちなのが登場する場合、あるいはそのようなイメージが昔から浸透している場合、「高いから近づきがたいよね」と見向きもしない層へのアピールはひと際苦労をする。大抵の場合、そのような人たちこそ、潜在的な優良顧客になりうるにも関わらず、だ。今回紹介するのは、そのような「壁」を目の前にしたオランダのメルセデスベンツが展開した、人間の心理を巧みに突いたプロモーションである(I believe in Advertising)。



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↑ Mercedes-Benz Sprinter - Online Guerrilla。
↑ Mercedes-Benz Sprinter - Online Guerrilla。

メルセデスベンツでは同社のメルセデス・ベンツ スプリンター(Mercedes-Benz Sprinter)のセールスを伸ばしたいと考えていた。今車両は商用車はもちろんレジャー用としても使える、汎用性の高いバン。しかしバンを使うような人たちの多くは「ベンツの自動車は高価なんだよな」と見向きもしない。実際には他社の同種のバンと比べても大した違いは無いにも関わらず、だ。

メルセデス・ベンツ スプリンターさらにそのような「バンを購入しようと考えている層」の多くは、新車ではなく少しでも安上がりで済むであろう中古車市場をチェックするものと想像された。これらの層にベンツの営業マン達は想いを馳せる。「うちのバンは他社のとさほど変わらないくらいにお値打ち。中古車を買うのだったら、ほんのもうちょっと費用を上乗せするだけで、うちの素敵なバン、メルセデス・ベンツ スプリンターが買えますよ」と。

そこで彼らベンツの人たちが考えたのは、「潜在的購入層」が目を向けるであろう中古車市場「で」メルセデス・ベンツ スプリンターの情報を流すこと。しかも単に広告を展開するのではなく、「一緒に映っている別のものが気になる」という人間心理を巧みに応用した切り口。

具体的な手法は次の通り。オランダのオンライン中古車市場ではナンバーワンの人気を誇るebay傘下のMarktplaats.nlにダミーの広告を展開する。内容は「潜在的購入層」が欲しがりそうな、目を付けそうな安値のバン。しかし写真を良く見ると、そのバンの脇や後ろ、影の部分に、別のバンが映っている。そう、本当に売りたい商品、メルセデス・ベンツ スプリンターの姿である。しかもそこには容易に読める大きさの文字で「新しいスプリンター(バン)が1万9800ユーロ(約236万円)から」と書かれている。


↑ ダミーのバンは無地。そして後ろやガラス越しにベンツのバンに関するメッセージが。余計に文字の方が目に留まる
↑ ダミーのバンは無地。そして後ろやガラス越しにベンツのバンに関するメッセージが。余計に文字の方が目に留まる

本来安くてそれなりのバンを探しにMarktplaats.nlへアクセスし、該当するバンをチェックしていた人は、「お値打ちなバンを購入しようと考えている層」。言い換えれば「バンを購入する予定はあるものの、価格には少々うるさい層」。そして良く見れば分かるのだが、掲載されている写真は該当のバンも、宣伝が打ってあるバンも皆白で無地。文字のたぐいは他に見当たらず、ついつい視線が宣伝の文字列に向いてしまう。そして写真を見た少なからずの人が「ベンツのバンってそんなに安かった? もっと高いものだと思っていたのだが」「性能が良いベンツのバンであの価格なら」と驚きを覚えることになる。

本来ならこれだけでも十分公知効果があるのだが、今件はそれだけにとどまらない。該当する写真を掲載している、バンの販売登録者のデータを参照すると、電話番号と電子メールアドレスが連絡先として書かれている。通常のオークションの利用者と何ら変わるところは無い。しかし電話番号当てに電話をすると、

「こちらは●●のボイスメールです。多分あなたは私のバンではなく、後ろに映っているメルセデス・ベンツ スプリンターへの問い合わせをしてきたのだと思います。でもあれは私のバンではないのです。ですからもしあのバンに興味があるのなら、ベンツのディーラーに連絡を入れるか、ベンツのサイトにアクセスして下さいね」

という自動応答メッセージが流れてくる。さらに電子メールを送ると

「もう私はこのメールアドレスを使っていません。メルセデス・ベンツ スプリンターへの問い合わせが殺到しているからです。あれは私のバンではないのです。もう私のことは放っておいて、ベンツのサイトにアクセスするか、ディーラーに連絡を入れて下さい」

といったメールが自動返信されてくる。

↑ 自動返信のメール。「あれは俺のバンじゃないんだってば-」
↑ 自動返信のメール。「あれは俺のバンじゃないんだってば-」

電話をしたりメールを送った人が「はじめての一人」であったとしても、すでにたくさんの人が同じような問い合わせをしてきているので本人は呆れてしまった、つまりそれほど大勢の人がメルセデス・ベンツ スプリンターに目を奪われた、と錯覚させられるわけだ。

この「ニセ広告」、どのような効果を生み出したのだろうか。1日あたりで閲覧された回数は2万件。通常の20倍もの量に達した。そしてこの「仕掛け」はすぐにオランダ最大の自動車カタログサイトで、1日100万人ものユニークユーザーを誇るブログAutoblog.nlで紹介され、さらにツイッターなどで多くの人に知られることになった。そしてメルセデス・ベンツ スプリンターに対しても多数の問い合わせが行われた。そして費用はたったの150ユーロ。

この方法はターゲットをある程度明確化・絞り込んだ上で公知出来ること、連絡をしてきた「潜在的購入層」は高い購入意欲を持っていること(何しろ元々バンの購入意欲があり、本来購入する候補として探していたものよりも、脇に描かれていたメルセデス・ベンツ スプリンターに興味があるのだから)など、メリットは多い。そして何よりも低コストで実用できるのが最大のポイント。

ただしこの手法はオークションサイトにおいて、規約違反となる可能性が高い。実際には「えさ」となる元のバン(メルセデス・ベンツ スプリンターで無い方の無地のバン)を販売するつもりが無いにも関わらず「出品」していることや、電子メール・ボイスメールでの返事が最初からメルセデス・ベンツ スプリンターへの誘導を図っているからだ。

さらに宣伝効果が絶大なものとなったということは、それだけその手法が多くの人に知られたことになる。似たような手立ては二度、三度は通用しないだろう。それでもなおこの切り口は「賢い手法」として、注目に値するものに違いはあるまい。



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