新聞のいわゆる「押し紙」問題を図にしてみる
2010/04/25 19:30
先に【新聞の販売部数など(下)……主要全国紙編とオマケ】などでも触れた、新聞にまつわる問題では必ずと言ってよいほど関わってくる「押し紙」問題。新聞本社から各地域販売店へ「押し込むように売りつけられる新聞」を意味するのだが、これは両社間だけの問題と認識すると大きな間違いとなる。要は押し売りみたいなものだが、影響はその周辺にも及んでいる。今回は当方自身の頭の中の整理もかねて、以前【「相対的貧困率」について色々と考えてみる……(1)発表データのグラフ化と二つの貧困率】でもチャレンジした、通常とは違った形式(フランクな形)で連ねていくことにする。
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●前説…押し紙ってなあに? 新聞本社と販売店との関係、新聞特殊指定
上でも触れてるけど「押し紙」ってのは、新聞本社から各販売店に押しつける形で売る新聞のことを指すんだ。新聞本社側はほとんど販売店経由で新聞を売るから、販売店に売った冊数がほぼそのまま「販売紙数」になるわけだね。もちろん多い方が色々嬉しいから、必死になる。でも販売店からすれば、「そんなにお客いないし、もらっても仕方ないヨ」となるんで、必要数+α(予備)だけ買って、後は「お断り」すればいいんじゃないかな? とは思うよね。だってもうお腹いっぱいなのに「さらにもっと食え」と言われても困るもの。
でもビジネスって結構厳しいのよ。新聞社の方が立場が上だから「これだけ引き取ってなきゃ、あんたとはもう付き合わないヨ。他にも一杯引き受け手はいるしぃ-」とか暗にほのめかすんだね。もちろん明言すると色々と怒られるから、そんなことはしないけど。困るよね、販売店も。売るべきものがもう入荷出来なくなったら。だから仕方なく引き受けちゃうんだ。
それに新聞本社もそんな極悪非道じゃない。一定数を引き受けたら「ごほうび」(販売奨励金)とかをくれるんだ。さらに販売店側も多く新聞を配れば配る程、自分達が直接収入を得られる「チラシ代(地元の商店街などから依頼されるチラシの料金だね)」も多くなるんだ。だから新聞購読者を増やそうと頑張るんだね。
え? 本屋さんの本みたいに返品はできないのかって? 実は新聞は独占禁止法上の「新聞特殊指定」対象で、返品はできない仕組みなんだ。しかもスーパーの総菜みたいに値引きもできない。先日ボクも所用で一週間前の新聞を販売店で購入したけど、やっぱり価格は定価だったよ。
●似たようなビジネスモデル…携帯電話の「0円携帯」
さて、新聞の販売スタイルや押し紙問題に似た話として、実は携帯電話の「ゼロ円ケータイ」があるんだね。まずはこれを図にしてみようか。
↑ 「0円携帯」の携帯本体・お金の流れ
運送コストとか細かい価格差とか入れたらキリがないので、非常にシンプルな図にしてみたよ。携帯会社は携帯電話本体を販売店に卸すよね。そして販売店はお客にゼロ円(1円でも10円でもいいんだけど)で携帯電話本体を販売する。これだけだと販売店はほとんど丸損。
でも携帯会社にしてみれば、今後定期的にそのお客から利用料金が入るから、とっても嬉しいお話なんだね。そこで販売店に対し、携帯会社から販売台数に応じたマージン(ごほうびだね)を渡すんだ。これが販売店の利益になるわけ。もちろんお客がすぐに解約されると頭痛のタネになるから、1年なり2年は解約できない。それでも解約する場合には解約金を取る仕組み。
PHSや携帯電話が出回った頃はゼロ円ケータイ真っ盛りだったけど、やっぱり色々と問題が生じてきたようで(お客側が「料金に上乗せされることになるんじゃ、やっぱりワリが合わないんじゃん?」「契約期間をしばられるのはイヤだな」)ということで、最近では下火。
このビジネスモデル、少々仕組みは異なるけど、オンラインゲームやプリンターでも取り入れられてるんだ。プリンタ本体は安いけど、消耗品は結構なお値段だよね。オンラインゲームもソフトそのものは無料だったり安いけど、継続利用料金や有利なアイテムにはお金がかかるよね。つまりはそういうこと。賛否両論色々あるけど、お金を払う本人がちゃんと認識していれば問題はないんじゃないかな、というのがボクの考え方。
●刷った紙数≒世帯に届く紙数なら問題ナシ!
それでは新聞の場合はどうなるんだろう。まず無理な「押し紙」が無く、新聞本社からの新聞がちゃんと販売店の要望・販売店がカバーしているお客世帯分(と予備分)だけ提供された場合。分かりやすいように、1万世帯の読者を抱える新聞本社の発行部数を1万部、新聞本紙の広告枠の掲載料を1部につき10円、新聞に挟むチラシの折り込み権利料を1部につき1円とするよ。本当はもっと色々複雑なんだからね。
↑ 新聞本社・販売店・読者・広告主達の関係(理想)
新聞本社は広告主と販売店から、販売店は読者と地元商店、そして新聞本社から販売奨励金が収入源になるんだ。広告主は新聞本社の「1万部売れてますから、1万世帯に周知(お知らせ)できますよ」の言葉を信じて「1万世帯に自分の広告を読んでもらえる」と大喜び。広告利用料金だって安いモノ。地元商店も販売店の「1万世帯に配ってますよ。本社も1万部売ってますって言ってるでしょ?」の言を信用して「うちのチラシが1万世帯に配られる」と期待フルスロットル。
注意してほしいのは、新聞本社は(ほとんど)直接読者からの売り上げを計上していないこと。読者と新聞本社の間にはさまっている、販売店からの売り上げ、そして広告主からの広告料を収入としているわけだ。
少々構造は複雑だけど、新聞本社も広告主も地元商店も販売店も、そしてチラシや広告も含めて色々情報を得られる読者もみんな大喜び。何の問題もいらない、はずだった。
●悲しいけど、新聞取る世帯が減ってるのよネ。そうなると……!?
ところが。
新聞そのものの売り上げはこの10年来、大きく減少傾向を見せているんだ。前に記事にしたけど、世帯単位でも【週刊誌や雑誌、書籍の支出額(拡大版)…(下)購入世帯率や購入頻度の移り変わり】の通りだし、【1年間で114万部減……新聞の発行部数など(2009年分データ暫定更新版)】でもお見せしたように新聞本社から販売店への販売数(発行部数)でも大きく減っている(おっと、ここで注意してほしいのは、新聞本社から販売店への「販売数」「発行部数」と、販売店が読者世帯などに販売する「販売数」「購読数」は別物ってこと)。
理由は色々あるけど、インターネット、ケータイなど対抗馬となるメディアが山ほど登場したのが大きいかな。それと【若者層の新聞離れのトップは「お金がかかるから」、その意見に潜むものは……】でも触れたけど、費用対効果が薄くなったと感じられたのもあるね。だって一日は誰でも24時間。新聞より簡単で分かりやすくスピーディーで検索しやすく(中略)メディアが登場すれば、そちらに気が移るよね。
さてさて。過去の「押し紙裁判」の事例を見ると、大体平均で発行部数の3割ほどは押し紙状態だと言われている。そこで事例では読者が1万世帯から7千世帯に減ってしまった場合を想定してみるよ。
↑ 新聞本社・販売店・読者・広告主達の関係(押し紙状態)
販売店からすれば、7000部あれば十分なのに、新聞本社は1万部送りつけてくる。なぜかって? そりゃそうさ。広告主からもらえる広告料金は「1万部の新聞に載せますよ」とした方が「7千部の新聞に載せますよ」とするよりはるかに高いんだから。それに新聞本社からすれば、販売店に売った時点で販売数になるから、あとは「販売店さん、ちゃんと1万世帯に配ってよね、お願いだよ(どす黒い”はぁと”)」と強く言い聞かせればOK。
困ったのは販売店。7千部はこれまで通り読者世帯に配るとして、まず、毎日3千部もの「押し紙」をどうしようか。これは本来の「予備保管分」以外は販売店ごとに多種多様な「手法」が用いられるらしい。パソコンのファイルのように「一斉消去」が出来るものなら話は楽だけど、物理的に存在するからねぇ……話によると廃品回収に回すとかいうルートもあるようだけど。詳しくは不明、としておこう。
次に、そしてもっとも問題なのはそろばん勘定。新聞本社の財政はアップアップしてるから、いわゆる「ごほうび」の販売奨励金はどんどん切り詰められているんだ。そしてもちろん新聞そのものは7千世帯にしか売れてないから、世帯からの新聞代金も7千世帯分しか入らない。さらにここで、自分達の直接の売り上げにつながるチラシ利用料金を「7千世帯にしか配ってないから」と地元商店に正直に語ると、
・「1万世帯だから契約したけど、7千世帯ならもういいヤ」と契約を切られるかも
・「本社じゃ1万部って言ってたじゃないか!」と本社の公知数字との違いがバレる
などの問題が生じるので、「い、一万世帯に、く、配ってます……」とこれまで通りの販売数であることを主張し続けることになるんだね。
●どこがマズいの、イケナイの?
「押し紙」はどこが問題なんだろう。分かるかな?新聞本社と販売店とのやりとりなら、商取引上の条件闘争的な話。公正取引上の問題はあるけど、ここまで大きな話題にはならない。問題なのは「新聞の広告主」も「チラシを利用する広告主」も、「1万世帯に配られている」というお話を信じて、その対価を支払っていることなんだね。
新聞本社からすれば「ちゃ、ちゃんと1万部刷って、販売店に1万部降ろしたんだからねっ。1万世帯に配られたと考えて当然なんだからねっ!」とツンデレ気味(!?)に主張するだろうけど、販売店側からすれば「なんでやねん。こちとら『お客が7千世帯しかおらん』言うとるやんけ」という気持ち。でもそこで本音を語ると「努力が足りないよねぇ……。それじゃ-他の販売店さんにお願いしちゃおっかなぁ-?」と言われてしまいかねないので、泣く泣く押し紙をしているわけだね(もっとも販売店もチラシを利用する広告主には押し紙分も含めた料金を請求してるので、まったくの被害者ってわけでもないんだけどね)。
でもさ。広告主とかチラシ利用の地元商店は、どう思うかな。「1万世帯に配ってるって言うから10万円払ってるんだ。でも本当は7千世帯なんだって!? だったら3千世帯分の料金返せ、ゴルァ!」ということになる。当然だよネ。100回肩たたきの約束してお小遣い100円もらったのに、70回しか叩いていないようなもんなんだから。
元々販売店では予備紙として、配る世帯の数%分は余分な新聞を確保するのが常識(これは契約販売の小売では常識だよ。ゲームソフトでも予約販売する時は、予約本数以外にあらかじめ数本を予備に取っておいたからね。昔アルバイトをしてた時の経験だけど(笑))。新聞配達のアルバイトが間違って水たまりに落としちゃうかもしれないし、配送ミスをするかもしれないし、後で個人が買いに来るかもしれないからね(各販売店では各種トラブルやアフターケアのために、数週間単位でバックナンバーを取っておくんだよ)。
それくらいなら「発行部数=読者世帯数」としても仕方ないと思うんだ。誤差の範囲だしね。でも数割ってのはちょっと歩留まりが悪過ぎるよね-。「押し紙」が事実であることが判明したら、広告主や地元商店の人はどう思うかなあ?
あ、もちろん今回の「押し紙」の話は、「世間一般に言われている押し紙問題ってのはこういうことなんだよ」という説明であって、特定少数、または不特定多数の新聞社がやってます、ってわけじゃないからね。いくつか判例が出ている範囲では「押し紙」は事実と認められているけど、全部が全部というわけじゃないからね。
……もちろん全部が全部、していないということも、ボクは保証しないけど、さ。
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