貯蓄率減少は本当なの? 家計の貯蓄率(最新)
2024/10/24 02:37
日銀の公式値を基に四半期ペース(ただし2017年からは年ベース)で更新している【日米家計資産推移】などいくつかの家計データを精査する記事の中で登場する「貯蓄率」。元々貯蓄が好きであると語られている日本人にとっては気になるテーマだが、他人の貯金の中身を知る機会など滅多になく、ぼんやりとしたイメージしか思い浮かベられない人がほとんどのはず。一方でやや古い話となるが、【なんだか気になる他人の貯金額・「20代のうちにとりあえず貯めたい貯金額ランキング」】や【この先でお金や時間をかけるもの、若者「貯蓄」団塊は「レジャー」】などのように、若年層の間では高まる将来への不安を少しでも和らげるべく、貯蓄をしようとの気概が増加している調査結果が出ている。「本当に貯蓄率は減少しているのだろうか」との疑問を解消すべく、今回は複数の調査結果を探し出して検証を行うことにした。
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国民全体で勘案してみる…内閣府の国民経済計算
【年金生活をしているお年寄り世帯のお金のやりくり(家計調査報告(家計収支編))(最新)】などでも解説している通り、家計貯蓄率と呼ばれるものには大きく3つある。考え方としては「一か月の収入のうちどれだけを貯蓄に回せるか」。冒頭で記した貯蓄率とは少々概念が異なる。要は収入のうちどれだけを蓄財に回せるか、その余裕を示す指針の一つのようなもの。
家計全体の可処分所得から、家計全体の最終消費支出をマイナスし、年金基金準備金の増減を調整。その値を可処分所得と年金基金準備金の増減の合計で割ったもの。マクロ的な考え方によるもので、高齢者、無職世帯など、勤労所得者以外も含んでいる。直近年度となる2022年度ではプラス1.74%。
・総務省の家計調査における「平均貯蓄率」
貯蓄純増(預貯金と保険の純増減の合計※)/可処分所得×100
※この合計額は経済学で通常呼ばれる「貯蓄」とは概念が異なる、との意見が多い
・総務省の家計調査における「黒字率」
可処分所得から消費支出をマイナスし、それを可処分所得で割ったもの。経済関係の文献では家計貯蓄率、あるいは貯蓄率として、「黒字率」のうち、特に勤労者世帯の「黒字率」を指している事が多い。
※非消費支出…税金・社会保険料など
消費支出…世帯を維持していくために必要な支出
可処分所得…実収入から非消費支出を引いたもの
まずはこの一番上、国民経済計算における家計貯蓄率を精査してグラフ化を試みる。この値は数年前、OECD発表値がきっかけで世間をちょっとばかり騒がせたものでもある。
最新の「国民経済計算」の【国民経済計算(GDP統計))】。ここからデータを概略的にまとめている、同ページの下の方「国民経済計算年次推計」を基に、「家計貯蓄」の部分を再構築してできたのが次のグラフ。
↑ 内閣府の国民経済計算における家計貯蓄率
↑ 内閣府の国民経済計算における家計貯蓄率(直近10年間)
今件データは「日本国全体としての家計可処分所得や家計貯蓄額」を基に算出したもの。高齢者、無職世帯など、勤労所得者以外も含んでいる。2000年前後に家計可処分所得はじわりと減ったがその後はやや横ばい。しかし一方で家計貯蓄そのものは減少しており、2013年度ではマイナスに転じてしまった。結果として家計貯蓄率も減少し、マイナスに移行。この面、つまり国全体で見れば、貯蓄率は減少していることは間違いない。その後2015年度以降では再び家計貯蓄はプラスに転じ、それに伴い家計貯蓄率もプラス値を示している。
直近年度となる2022年度ではプラス1.74%。前年の2021年ほどではないが高い値。
しかしこのデータは年金生活者(年金は雑所得扱いにはなるが、年金のみの生活世帯は勤労者世帯には該当しない)や無職世帯も含まれる。これら、特に前者が増えれば、国全体としての家計貯蓄の積み上げも減るから(年金のみの生活者は概ね貯蓄を取り崩して生活している)、家計貯蓄率が減少するのは当たり前の話となる。
グラフ化は略するが、以前の報告書の「家計貯蓄」に掲載されていた「家計貯蓄率の対前年度差に対する寄与度」(直近分では【2022年度年次推計 参考資料】の国民経済計算年次推計のポイント・フロー編)を読むと、サブプライムローンショックやリーマンショック「など」の不景気時期においてむしろ貯蓄率が上昇した理由を読み解くことができる。この数年間は消費要因が前年度比でプラスとして貯蓄率に貢献していた。つまり消費を抑え、その分を貯蓄に回すとの守りの家計動向が見受けられる。他方純社会負担(社会保険料など)はほぼマイナス値を示している。これはつまり貯蓄率を下げる、可処分所得が削られる割合が増加していることを意味する。この動きは【直近では実収入52万2334円…収入と税金の変化(家計調査報告(家計収支編))(最新)】で解説した家計内の収入と税金の関係とほぼ一致しており興味深い。高齢化社会の到来で、医療を筆頭に社会保障負担が増えている状況が、貯蓄率の面でも家計に影響を与えている実態が把握できる。
勤労者で精査する…家計調査
さて「国全体ではなく、働いている世帯単位での家計貯蓄率の変化はどうなのだろうか?」との考えから確認していくのが、総務省統計局の家計調査。平均貯蓄率では経済学の概念と違うとの意見が多いなどの理由から、今回は黒字率を精査する。【家計調査報告(家計収支編)調査結果】から「4.詳細結果表」「二人以上の世帯」「年次一覧」、そして各年を選択。そこから「3-2 世帯主の年齢階級別」を選び、「二人以上の世帯・勤労者世帯」のデータから勤労者世帯の黒字率を各年齢階層ごとに抽出し、精査を行う。
なお家計調査では年次で2015年分から、世帯主の年齢階層の区分のうち若年層が一部簡略化されている。具体的には「24歳以下」「25-29歳」「30-34歳」だったのが、まとめて「34歳以下」に統一された。これは該当年齢階層の世帯数が減少しており、統計的にイレギュラーな値が出やすくなるための措置と考えられる。グラフ上の「24歳以下」「25-29歳」「30-34歳」は2014年が最新でそれ以降の更新は無し、「34歳以下」は2015年以降のみとなるので読み解く際に注意が必要。
まずは全体平均の経年推移。これはあくまでも「二人以上世帯のうち勤労者世帯」を対象としたものであり、先の国民経済計算の家計貯蓄率とは母体が異なることに留意を要する。例えば年金と貯蓄の取り崩しで生活している、年金生活の夫婦世帯は該当しない。
↑ 1世帯あたりの黒字率(二人以上世帯のうち勤労者世帯)
2001年以降においては2014年の24.7%が最少、2020年の38.7%が最大。いずれにしても可処分所得に占める消費支出の割合は、先の国民経済計算の家計貯蓄率におけるような下げ方は見せていないことが分かる。ここ10年ほどに限れば2020年までは増加傾向にあったと読める。また、2020年(度)のイレギュラーにも見える上昇がないことから、内閣府の国民経済計算における家計貯蓄率の直近年度の大幅上昇は、年金生活の夫婦世帯などが大きな影響を与えていることが推定できる。
続いてこれを世帯主の年齢階層別に見てみることにする。最初に直近年分。
↑ 1世帯あたりの黒字率(二人以上世帯のうち勤労者世帯、世帯主年齢階層別)(2023年)
現役世代はおおよそ黒字率も大きく3-4割台を維持しているが、60代以降は減少する。これは勤労者世帯ではあるものの、定年退職を迎えた後の再雇用による就労で、収入が少なくなり、可処分所得と消費支出の差が少なくなるため。70歳を過ぎても就労できる状況にある人は、消費支出・非消費支出ともに少なくなっていることから、黒字率は増加する。
次に経年推移での若年層。ただし上記で説明の通り、詳細区分の年齢階層別は2014年分で終わり、2015年分以降は34歳以下で一括されている。
↑ 1世帯あたりの黒字率(二人以上世帯のうち勤労者世帯、若年層、世帯主年齢階層別)
24歳以下の値で2005年以降減少の一途をたどり、2008年に急減したのが目立つ。恐らくは不景気・雇用情勢の悪化をダイレクトに受けたのだろう。しかし直後の2009年では大きく持ち直し30%を超え、後述する中年・高齢層と比べても負けるに劣らない黒字率を見せている。可処分所得が減少する中でも、若年層は必死に将来へ向けた蓄積を続けている。
また興味深いのは20代後半、30代前半では多少の起伏はあるものの、黒地率はほぼ安定している。特に30代前半の安定感が頼もしい。一方でそれ未満の年齢階層になると、若い層ほど起伏が大きい(回答母数が少ないための統計的なぶれの可能性もあるが)。
直近2023年では34歳以下すべてを合わせて44.2%。前年の45.7%からは減少。恐らくこれまでの24歳未満・25-29歳・30-34歳の区分でも、似たような動きを示しているのだろう。
なお今データは前述したように「二人以上の世帯のうち勤労者世帯」を対象としたもの。「結婚するほどの財力がないから単身者が多い。だから貯蓄率が高いのでは?」との推測は当てはまらない。
続いて中年層。
↑ 1世帯あたりの黒字率(二人以上世帯のうち勤労者世帯、中年層、世帯主年齢階層別)
意外にもこの年齢階層では特にコメントすべきような動きは見られない。景気後退が見られた2007年あたりから一部の階層で減少傾向が見られるが、ぶれの範囲でしかない。あえて言えばこの数年において、増加の気配が見られるようではある。特に2020年では年齢階層を問わずに大きな増加の動きが生じたのが確認できる。
最後に高齢層。
↑ 1世帯あたりの黒字率(二人以上世帯のうち勤労者世帯、高齢層、世帯主年齢階層別)
60歳以上のいわゆる年金生活者のうち、再雇用などもあわせて就労している世帯に関するデータとなる。年金だけで生活している高齢層世帯とは違い、一応黒字率がプラスを維持している(年金のみの収入による生活者では、貯蓄を取り崩して生活しているので、年間収支における黒字は有り得ず、貯蓄率も計算のしようがない)。
さて高齢層においては過去の動向では他の層と異なり、就労世帯でも中期的に見れば明らかに黒字率は減少傾向にあった。これは非消費支出や消費支出の増加とともに、実収入が減少したのが大きく響いている。この実収入の減少は、再就職に伴う非正規化で手取りが減った人の割合が増加したことが大きい。見方を変えれば、少ない手取りとなっても年金だけの生活ではなく、勤労者に属する高齢者世帯が増えたことでもあるのだが。
ただしこの10年ほどの間では大きなぶれを見せながらも2014年を底に増加に転じ2020年ぐらいまではそれが続いたと受け止められる動きを示している。今後の動向が気になるところではある。
まとめてみると、国全体として考えれば「国富」観点(マクロ的視野)においては、確かに貯蓄率(≒貯蓄変化額)は減少している気配があった。しかし中期的に生じている「可処分所得の減少」も一因ではあるが、それ以上に「貯蓄率が低い、あるいはマイナスの高齢者の絶対数・人口そのものに占める割合が増え、結果として全体の貯蓄率を減退させている」との表現が、より現実を的確に表している。さらに国富観点での貯蓄率も増加に転じている。
また人口比を増している高齢者において、貯蓄率が低下しているのだから(長命化により高齢層の中でもより年上の人が増加する)、ますます全体に占めるマイナスへの影響力が増加するのは当然の話。マクロ的視野の数字で「貯蓄率が減った」のは事実であるが、すべての世帯で等しく貯蓄率が減ったわけではない。ましてや現役勤労世帯において貯蓄率の平均がマイナス云々の話ではない。くれぐれも注意してほしい。
さらにこの数年では景況感や労働市場の回復に伴い、貯蓄率も増加に転じる動きがある。それとともに貯蓄率にかかわる議論がトーンダウンしているのは、経済面での関心が薄れる観点では、残念でならない。
その上、根本的な問題ではあるが、【現在0.001%、かつては4.800%の時代も…郵便貯金の金利推移(最新)】や【お金の取り扱い方の変化で変わっていく、金融資産とか貯蓄の概念とか】、【金融資産を持たない世帯、夫婦世帯は1/4近く・単身は1/3強(最新)】などで解説している通り、超低金利・ゼロ金利時代が長く続くとともに、クレジットカードの利用率の上昇、インターネットショッピングの普及に伴い、貯蓄と流動性の高い口座への預け入れの境界線が曖昧となっているのも事実ではある。
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